リレーエッセイ「こころとからだの交差点」

第五話 誰が《心身症》をコロしたのか?

[齋藤清二]


誰が駒鳥 殺したの
それは私 とスズメが言った
私の弓で 私の矢羽で
私が殺した 駒鳥を

(マザー・グース:Who killed Cook Robin)

 

《心身》への違和感という覚醒体験

 前々回のエッセイ「第三話 〈心身〉への違和感 ―交差点は危ない―」において、磯野先生から投げかけられたのは

《心身》という言葉に違和感はないですか?

という衝撃的な問いであった。磯野先生の問いはまさに、大魔導士のみが唱えることのできる究極の呪文パルプンテの効果をいかんなく発揮し、「パルプンテ・パルプンテパルプンテ……」と木霊のように響き渡りながら、惰眠をむさぼっていた私の精神を覚醒させた(「それならばザメハではないのか?」というツッコミが聞こえるのはとりあえず無視する)。
 磯野先生はさらに「事故は交差点で起こる」と喝破し、岡田先生(あるいは私)と交差点の中央で正面衝突することに対する警告を発したのであるが、第四話の岡田先生は、自身の現実の交差点での事故の例をひきつつ、みごとにそこから建設的な議論を引き出す老獪な(もとい、洗練された)熟達の技を披露されたのであった。
 というわけで、私はちょっとほっとしつつ、自分なりの「《心身》という言葉をめぐる問題」について書いてみたいと思うのである。
 

心身症という概念

 私は《心身》という言葉にはあまり違和感をもったことはないが、その派生語である〈心身症〉という言葉には、学生のころから違和感ありまくりであった。
 といっても、〈心身症〉という言葉が嫌いだったわけではなく、「心身症 psycho-somatic disorders という言葉が何を指しているのか、さっぱり分からない」という意味で、違和感を覚えていたのである。
 もともとの私の理解はこうであった。

  • 心身症とは、臓器別の疾病にうまく分類できないものに与えられたひとつのカテゴリーである。
  • 心身症とは、元来は精神疾患と身体疾患のどちらにも分類できない、あるいは精神・心理的要因と身体的要因が重なり合った病態を示すような概念であり、それを専門的に扱う医学として“心身医学”が提唱されてきた。

 と、私は思っていた。
 もちろんその背景には、近代から現代にかけての医学が、病気を身体疾患と精神疾患に明確に区別しようとするあまり、その両方が絡みあうなかで苦しんでいる患者をうまく扱うことができない、という実態があった。
 〈心身症〉をめぐる議論は、デカルトによる心身二元論の提唱に遡る根本的・哲学的な問題への注目をも呼び起こしてきた。こころを身体とは完全に区別されるものとして定義した「心身二元論」に対して、本来人間とはそのように分割することのできないひとつの統一体であり、病いを被った人間である患者は全人的に扱われるべきであるという「全人医療 whole-person medicine, holistic medicine」の考え方である。〈心身症〉という疾病の存在は、そのような全人医療の必要性を強く要請するものだった。

2方向を移す鏡のついたカーブミラー。真ん中に止まれの標識。
歴史的にも「興味しんしん」…

 

消滅の危機にある 心身症

 しかし現在、心身症という概念は、消滅の危機にさらされている。というより、ほぼ完全に消滅している。

日本心身医学会による定義

 1991年、日本心身医学会は、心身症を 「身体疾患の中でその発症や経過に心理・社会的因子が密接に関与し,器質的または機能的障害が認められる病態」と定義し、さらに「神経症やうつ病など他の精神障害にともなう身体症状は除外する」という文章を付記した。心身症についてのこの定義は、その後の心身症診療、あるいは心身症の治療をその専門とする標榜診療科である“心療内科”の在り方を決定的に規定するものとなった。

 第一の問題は、心身症を「身体疾患」であると定義したことによって、心療内科医が建前上扱うべき疾患と、現実に心療内科を訪れる患者群のあいだに、大きな乖離が生じたことである。さらに、心身症から「神経症やうつ病に伴う身体症状」を除外したことによって、心療内科医が診るべき患者は、理屈上は、高血圧・喘息・消化性潰瘍などの(通常の)身体疾患に限定されることになった。しかし、実際には、このような疾患を主たる問題とする患者が心療内科医を訪れることはほとんどない。なぜならば、ほとんどの場合、高血圧ならば循環器科医、喘息ならば呼吸器科医、消化性潰瘍ならば消化器科医がその患者を治療することになり、その大多数において大きな問題は生じないからである。

 第二の問題は、心療内科を訪れる「身体症状を訴える」患者の大半は、上記のような意味での心身症ではなく、身体に器質的な異常が見つからない、あるいは見つかったとしてもその症状をとうてい説明できないような患者である、という事実である。各臓器別の身体科の領域では、このような病態は「機能性身体症候群 functional somatic syndrome」として理解されるようになり、その考え方は一定の効果をあげてきた。典型的な例は、「機能性胃腸症」や「過敏性腸症候群」などの消化器領域の疾患群である。しかし、このことは必ずしも心身医学の必要性を高めたわけではなく、これらの「機能性疾患」のほとんどは臓器別診療科や総合診療科においてケアされるようになった。

精神疾患としての心身症

 一方で、このような患者を精神科医療の視点から見ると、実際に心療内科を訪れる人の大半は、DSM-IVで「身体表現性障害」という精神疾患の診断カテゴリーに該当する。このような人たちはDSM-5ではさらに単純化され、身体症状症 somatic symptom disorder としてまとめられた。この定義は「身体の病気がないのに身体症状を呈する精神疾患」である。
 このように、こころと身体の二元論的乖離への挑戦として登場した〈心身症〉概念は、再び「精神/身体」の情け容赦のない二分法のなかへと霧散解消してしまうことになった。

 現実に日々、心療内科を訪れる患者の大半は、身体症状を主としつつも、うつ気分や不安などの情緒の問題に苦しめられている患者であり、情緒的な問題や社会的な背景への適切な対応なしには支援をおこなうことはできない。しかしそれを強調すればするほど、結局のところ、その患者の病態は精神疾患のカテゴリーのなかで理解されることになり、ここでも〈心身症〉概念の必要性は薄れるばかりとなる。
 現実に、心療内科を標榜する病院診療科やクリニックの大半は精神科医によって診療がおこなわれていることが、現在では普通である。
 

それでは誰が 心身症を弔うのか?

 「それは私」と自覚をもって責任をとれる人はいるのだろうか? そもそも、もともとの出発点である「こころにもからだにも分類できない苦しみ」を抱えている膨大な数のひとたちは、どこへ追いやられてしまったのだろうか?

 縮小の一途をたどる“心身医療”界隈であるが、苦しむ患者さんが〈心身症〉概念の消滅によって救われたとはとても思えない。
しかし、希望はないわけではない。その希望は、このような苦しみを抱えた人たち自身が「他者から解釈されラベルされる」存在としてではなく、「自らの視点から自らの言葉で」その生きられた体験を語り始めたということにある。
 心身医学会みずからが定義を変えることによって〈心身症〉を消滅させるレールを敷いたとき、それでも臨床に携わっていた者たちは、自身の経験や患者さんとのかかわりについて、語ろうとし続けた。その一部は、学会報告や論文や書籍という形で公表されてきた。それがどんなに実りの少ないものであったとしても、そこには「みずからを語る声を奪われた人々の代わりに語ろうとする」実践家はいたのである。
 〈心身症〉の定義には厳密には合致しないにもかかわらず、臨床家たちは苦しむ人たちに関わり続けてきた。苦しむ人々の多くは、不登校、摂食障害、自傷行為、解離性障害などと呼ばれてきた。最近では、発達障害、虐待によるトラウマ、さらには醜形恐怖、身体改造などとしてラベルされることが多くなっているように見える。

 そしてようやく今、「治療者やケアラーが彼/彼女らを外から語る」のではなく、彼/彼女らがみずからを語りはじめている。支援者や専門家は、彼らの語りを真摯に受け止め聴くことを通じて、彼ら自身が声を発することを支援する、という役割へと転換しつつある。
 その役割を積極的に果たしてきたのは、“医療人類学者”であり“質的研究者”であった、と私は思っている。


齋藤清二
齋藤清二(さいとう・せいじ)

立命館大学総合心理学部教授
1951年生まれ、新潟大学医学部卒業、医学博士
富山大学保健管理センター長・教授、富山大学名誉教授を経て現職
こころの分野は、消化器内科学・心身医学・臨床心理学
からだの種目は、卓球