第八話 身体との接点に浮かび上がるこころ

[齋藤清二]


前回の投稿からずいぶん時間が経ってしまいました。その間の大きなできごとと言えば、もちろん昨年末に中国で始まり、一瞬のうちに全世界を巻き込んだCOVID-19(新型コロナウイルス肺炎)のパンデミックです。この新型感染症が私たちにとって、いったい何であったのかをある程度の距離感をもって語ることができるようになるには、今しばらく時間がかかるものと思われます。
そうはいっても、今回のCOVID-19が私たちにもたらしている影響は、このリレーエッセイのテーマである《こころとからだの交差点》にも、無関係であるとは言えません。今回の私のエッセイでは、不十分ではありますが、一部はこの問題にも触れながら考えていきたいと思います。


こころは身体との接点に浮かび上がる
何ものかである?

少し前に話題を戻すことになるのですが、第6回のエッセイにおいて、磯野先生は以下のように述べておられます。

かたや医師である齋藤さんは、心身医学会が自らを刺し殺すような「心身症」の定義を作り出してしまったことを嘆きながら、心と身体についてのエッセイを提示してくださった。明らかなのは、ここでの齋藤さんの心のスタンスは、あくまでも「身体との接点にあらわれる重要な何か」として “心” を捉えていることである。

これを読んだ時の正直な感想は、「え、え、オレって『身体との接点にあらわれる重要な何か』として “こころ” をとらえていたのか? ちっとも知らなかったぞ!」というものでした。
なるほど、対話というものはすごいものです。自分のライフワークといってもよいくらい長い時間、“こころとからだ” について考えたり論じたりしてきたのに、「他者の視点」が欠如していると、大事なことは何も見えないものなのですね。そうか、そうだったのか。自分が見ようとしている限り、見ようとしている自分は見えないのですね。それが見えるのは他者からだけ。しかし、自分が「見ようとしていることは何か」を表現して、他者に受け取ってもらえない限りない、それは「見られる」チャンスをもたないということになります。うーん、リレーエッセイ、やってみるもんだ。
つまり、私が “こころとからだ” の問題に惹きつけられるのは、私が “身体” をある程度、明確に意識しているからなのでしょう。“身体”を意識しなければ、身体でないものは生じてきません。おそらくこの「非身体」にいろいろと名前をつけようとするなかから、“こころ” という正体不明のものをめぐる「幻想」が生じてくるのかも知れません。なるほど磯野先生が、

というより、お二人のお話を聞いた結果、ますます“心”がわからなくなった。心って何?

とおっしゃっているのもむべなるかな、ということになります。

 

精神分析家と医師は違うのか?

ところで、磯野先生が「精神分析家としての岡田さん」と「医師としての齋藤さん」と、言葉をはっきりと分けているのは、私にとっては非常に興味深かったです。リレーエッセイとは言え、このような「現在進行形で関係をもっている相手との関係性に言及すること」は、(私の感覚では)とても勇気のいることです。うーん、このようなことが学べる以上、このリレーエッセイをやめるわけにはいきませんね。
実を言うと、岡田先生の第7回目のエッセイがこの上もなく精密かつ包括的であり、第5回の私のエッセイ、第6回の磯野先生のエッセイで提起された問題にほぼ全て回答してくださっていたので、正直のところ、「これはもう私がこれ以上、言葉を付け加える余地はないな」と思っていました。また、磯野先生の「ここには生徒も学生もいないのに、先生だけがいるのはおかしい」という指摘(これは、まさに「関係」についての言及なのですが)にいろいろ考えさせられるものがありました。しかし、このリレーエッセイという仮想の場には、間違いなく「学ぶ者」がいます。学ぶ者からみればそこには「教師」が存在する必要があります。よって、私は今後も磯野先生、岡田先生という呼称を使い続けることにします。
第6回目で磯野先生は二つの問いかけをして下さっています(適切な問いかけをして生徒に「自分の頭で」考えさせることは、「教師」の重要な役割であり必須の技術です。ただし、その質問は単なる評価のための質問であってはならず、生徒とともに教師も探求しつづけなくてはなりません。それが教育ということです)。その第一はこれです。

精神分析家は、これを十把一絡げに「呪術」と言われるのは納得がいかないだろう。おそらくこの問いに対しては、すでにいろいろな答えがなされているとは確信するが、お二人の先生は、精神分析と呪術を分かつものを何だと考えているのだろう? 私からの小さな問いである。

この問いに対して岡田先生は、前回のエッセイにおいて「精神分析家」の立場から明瞭に答えておられます。そうすると私は「医師」の立場から答えるべきなのでしょうか。しかし、これをそのまましようとするとおかしなことになります。岡田先生は「医師」であり「精神分析家」でもあります。私の理解では精神分析家は全て医師でなければならないということに今でもなっていると思います(岡田先生、もし私の理解が間違っていればご指摘ください)。このことに対してはいろいろな批判もあるだろうと思いますが、フロイトもユングも「医師」であったということは事実です。

 

医師が身体をあつかうということは
当たり前のことなのか?

しかし、磯野先生が話題に出してくださったユング心理学(分析心理学)では、分析家は医師でなければならないという条件はありません。私は医師ですが、人生のある時期にユング心理学の教育と個人的な訓練を受けたとはいえ、特に資格をもっているわけでもなく、専門家でもありません。なお、私が訓練を受けた三名の分析家は全て非医師でした。
私は日本のユング心理学のコミュニティにおいても「身体症状に苦しむクライエント」や「しばしば心身症と呼ばれる人たち」に焦点をあてて論じることが多かったのですが、思い返してみると、この苦しむ人たちは、身体医学の世界において「名前を与えられてこなかった」方々なのです。
多くのユング心理学の専門家は、このテーマについて肯定的な関心を示してくれました。しかし一方で、私自身の《心身》へのこだわりと彼らの興味関心には若干のずれがある、とも感じてきました。おそらくそれは、医師から出発してユング心理学の世界に入っていた私にとっては、「医師にとって身体を扱うことは当たり前のことであるが、実はそれがどういうことであるかは、自分ではわかっていない」ためだったのだろうと、今では思っています。

というわけで、上記の磯野先生の問いに対しては、私は医師として答えるということになります。
ここで磯野先生が「分析心理学=ユング心理学」のど真ん中とでも言うべき、〈アクテイブ・イマジネーション(能動的想像)〉を話題に取り上げてくださったことは、私にとっては僥倖でした。岡田先生も磯野先生も、〈能動的想像〉は専門家に指導してもらわなければ危険であるとの慎重な見解を述べておられます。しかし、(これを明言することにはかなり勇気のいることなのですが)私は実はそうは思っていません。
私の見解は、「私たちは誰でも能動的想像を日常的におこなっているし、それは多くの人にとって極めてありふれたことである。ただほとんどの人はそれに気づいていない」ということです。危険が生じるのは、能動的想像を「危険な目的」のために用いようとする時であり、かつ本人や指導者がその危険性に気づいていない時であると思われます。
もちろん、私は呪術の専門家ではなく、呪術については紙の上での知識しかもっていません。しかし、「呪術的なもの」という意味であれば、現代の私たちの生きている世界の少なく見積もっても半分くらいは、「呪術的な世界」であると言ってよいのではないでしょうか。特に今回のCOVID-19の問題のように、全く未知の恐怖に私たちのおそらく全員が晒されているような状況では、私たちは実に多くの「呪術的活動」を知ってか知らずかにかかわらずおこないますし、それを求めさえするように思われます。なにしろ「感染呪術」なんて言葉があるくらいですからね。しかし、この問題は論じると長くなりますので、機会があればあらためて述べたいと思います。

 

能動的想像と夢

さて、話を戻しますが、“こころとからだ”と〈能動的想像〉との関連について少し別の側面から述べたいと思います。
ご存知のとおり、深層心理学派は「意識と無意識の交流」という概念や実践を大切なものと考えます。〈能動的想像〉もそのひとつの特殊形態です。一方で、深層心理学派はクライエントの〈夢〉を大切なものとして扱います。〈夢〉が睡眠中の体験であることは、誰もが認めることと思いますが、その人が睡眠中にどのような体験をしたかについては、覚醒後に本人から聴くか、本人が記述したものを読むしかないので、その経験を他者が直接知る方法はありません。
精神分析は、近年ではどちらかと言えば、分析家と被分析者の関係性(特に転移-逆転移関係)を重要視し、夢分析(夢の解釈)を治療技法としてはあまり重要視していないように見えます。それに対してユング派は技法の中核に夢分析を置きます。夢を治療のなかでどのように扱うかは治療者によって異なりますが、ユング派の治療者は教育分析で自分自身の夢分析を徹底的に経験していますので、基本姿勢はおそらく一緒です。
〈夢〉は睡眠中の知覚体験であり、本質的に「対象無き知覚」ですが、〈能動的想像〉は覚醒中の体験です。〈能動的想像〉とは、一言で言えば、覚醒中に無意識のイメージが自律的に活動することを許す程度まで意識水準を低下させて、そこで生じる体験を詳細に記述していくことです。

このプロセス自体は、実は創作などの活動においては普通におこなわれていることで、例えば小説家は、作品の登場人物が作家のコントロールを離れて自由に行動したり発話したりすることを許します。
このようなことは何もプロの作家に限られたことではなく、近年の若者たちの間で頻繁におこなわれている二次創作などの同人誌活動なども、そのひとつだと思われます。夢小説と呼ばれるジャンルがサブカルチャーの世界に浸透していることも、このような現象を裏づけるのではないかと思います。
このような創作活動をしている時の、作家自身の身体はどう体験されているのでしょうか? 典型的な場合には、作者は自分の身体ごとその作品のイメージの世界に入り込んでいきます。この時の身体は、客観的に観察される身体ではなく、内側から体験される「生きている身体」の性質を帯びます。典型的な場合はこの両者は区別できないくらいに混じり合い、現実の身体にも大きな影響を与えるアクチュアルな体験が生じていると想像されます。
それでは〈夢〉の場合はどうかというと、私たちは〈夢〉において〈能動的想像〉と非常に類似した「意識と無意識の交流」を体験しています。しかし多くの場合、睡眠中は意識の力が覚醒中より低下しているために、その体験の意味を知り現実の生活に活かすためには、専門家の援けを必要とするとされています。しかし、ある種の例外的な夢においては、夢においても能動的想像と非常に類似した体験をすることが可能です。

「見る側が見られている」のを見る
「見る側が見られている」のを見る

 

オスラーの夢

ここで、現代臨床医学教育の父と呼ばれているウイリアム・オスラー(1849-1919)の話題に少しだけ触れたいと思います。
オスラーは「医学は科学に基礎をおくアートである」という言葉を遺したことで、現在も医師であれば誰でもが知っている存在で、おそらく、一人の医師が医学全てを網羅する知識と技術をもつことができた最後の時代の偉大な内科医でした。
オスラーがその晩年の約8年間にわたって、自身の夢の詳細な記録を遺していたことはあまり知られていません。オスラーはジークムント・フロイト(1856-1939)とほぼ同時代の人で、ごくわずかですがフロイトとの接点がありました。しかしオスラーの記録は、夢体験における状況・空間・感情などについての精密で詳細な記述の形式をとっており、フロイト理論による夢解釈の痕跡は全く見出すことができません。

そのシリーズのなかの夢のひとつとして、オスラーは「私自身の解剖」と題されたとても印象的な夢を記載しています。
この夢のなかではオスラーは、強い狭心症発作で前の晩に死亡しており、翌日、主治医であるギブソン医師による解剖がおこなわれ、オスラーは自分自身の遺体が解剖される場面に立ち会います。しかもオスラーは、幽霊としてその場にいるのではなく、身体をもった存在としてその場におり、同僚の医師たちもその状況に疑念をもっていません。
自分自身の身体が切り開かれ、全身の臓器がくまなく精査され、同僚の医師との間で冷静かつ詳細な議論が、夢のなかでなされます。その結果、オスラーの死因は若いころ知らずに感染した梅毒による大動脈病変が直接のきっかけとなった狭心症であったことが判明します。オスラーを含む医師たちが、大動脈の病変に病原体(スピロヘータ)がいるかどうかの顕微鏡検査をしようとするところで夢は終わります。
オスラーはこの睡眠中の体験をまるで実際の解剖に立ち会ったかのように詳細に描写し、記述していますが、そこには日時と時刻(4:30 a.m.)が記載されており、目覚めて直ちに書かれたまるでカルテのような記録であることは確実です。
この夢が深層心理学的にどのような意味をもつのかについては、複数の解釈が可能ですが、シンプルに考えると、この夢のなかでのオスラーの「ドッペルゲンガー」的な体験には、オスラーが到達した、身体に対する範例的な医師としての態度が表現されていると理解することができるかもしれません。
医師の関心は「何がこの身体の保有者の人生を終わらせたのか、その生理や病理はどのようなものであるのか、その歴史は何であったのか」といったことを、身体を精密に吟味し、描写し、それを記録に残すことを通じて探求することです。しかし、この夢のなかでの遺体としての自分も、それを観察・記録する自分も、ともに身体として体験されているにもかかわらず、それらの身体は実体ではありません。それは“こころ”の現われとしか言いようがないのです。
なお、オスラーはこの夢の記載の約2年後に、当時、欧州を襲っていたスペイン風邪に罹患し、併発した肺炎からの膿胸で死去しました。その遺体は、夢でおこなわれたと同じように主治医ギブソン医師によって解剖されました。梅毒性の病変は見いだされなかったと報告されています。

 

Long Covidの問題

最後に、磯野先生が提起された、「原因不明の身体の不調」が往々にして心因性と診断される時に生じる問題について、COVID-19と絡めて私からも問題提起したいと思います。
COVID-19は、高齢者や合併症をもった人における致死率は高いのですが、そうでない人の多くは無症候あるいは軽症で回復するので、社会にとってそれほどの脅威ではない、という言説がかなり広まっています。
しかし一方で、COVID-19に感染した人のうち、ウイルス学的検査では感染はもはや存在しないとされている人のうち少なくない割合の人が、3週間を超えて遷延する症状を呈することが明らかになってきました。この現象はLong Covidと呼ばれており、今後、COVID-19の医療上のケアにおいて大きな問題となる可能性があります。
Long Covidの約半数の人には、肺の線維化や中枢神経の器質的な異常などの、身体的異常が証明できます。しかし残りの半分の人には、明確な身体的な異常が証明できないにもかかわらず、呼吸困難感、全身倦怠感、不眠などの症状が継続し、QOLが長期的に障害されるようです。
これらの状態は「慢性疲労症候群」と類似しているという指摘がみられ、いわゆるコロナ鬱との関連も示唆されています。今後、Long Covidを訴える患者さんを身体的なものと心理的なものとに分けてラベルしようとすることは、絶対に避ける必要があると思います。これらの病態は連続しており、そもそも“こころとからだ”とは本来分けられないものであり、それを医師が無理にわけようとすることから問題が生じるということは、十分に考慮しておく必要があると思います。


齋藤清二齋藤清二(さいとう・せいじ)

立命館大学総合心理学部教授
1951年生まれ、新潟大学医学部卒業、医学博士
富山大学保健管理センター長・教授、富山大学名誉教授を経て現職
こころの分野は、消化器内科学・心身医学・臨床心理学
からだの種目は、卓球

第七話 心身医学における諸問題

[岡田暁宜]


 第七話ということで、徐々にリレーらしくなってきたように思う。
 第六話で磯野先生は、敬称を「先生」から「さん」へと変えておられる。私は、以前に経験した力動的集団精神療法のことを思い出した。私が参加した力動的集団精神療法には、老若男女のほかに他職種のメンバーが参加し、そのなかでは、互いに「さん」で呼び合っていた。本リレーエッセイにおいても、さまざまな集団力動が起きているのかも知れない。医師には、互いに相手を「先生」と呼び合う文化があり、私にはかなり馴染みがあるが、それ自体が防衛的な意味をもつこともある。
 大先輩である「斎藤先生」を「斎藤さん」と呼ぶことに若干の抵抗感はあるが、今回の磯野先生の変化に私も合流するのが自然であると思う。よって、第七話から、私もお二人の呼称を「さん」とさせていただくことにする。


心身医療における「覆い」と「捻れ」

 第五話において斎藤さんは「『心身』という言葉に違和感はあまりなかったが『心身症』という言葉には違和感がかなりあった」と述べている。私は今でも「心身」という言葉にも「心身症」という言葉にもあまり違和感はない。
 斎藤さんは“心身症”という言葉に対する違和感についての説明において「心身症という概念がほぼ消滅している」と述べている。そこで1991年の日本心身医学会による心身症の定義に言及し、この定義は1996年に設立した日本心療内科学会の心療内科の在り方を決定づけることになったという。さらに1991年の日本心身医学会の「心身医学の新しい診療指針」における心身症の定義について、ふたつの問題を示している。ひとつは「本定義では、心身症を身体疾患に限定し、神経症やうつ病に伴う身体症状を除外した」ことであり、もうひとつは「本定義における心身症の患者が心療内科を訪れることはほとんどない」ということである。斎藤さんは、心療内科を訪れる身体症状を訴える患者の大半は、器質的な異常を伴わない機能性身体症候群 functional somatic syndromeであり、そのほとんどは臓器別診療科や総合診療科でケアされているという。
 以上の斉藤さんの見解について、私はまったく同感で、まったく異論はない。
 さらに斎藤さんは「精神疾患としての心身症」の節で、「今日、心療内科を訪れる患者の大半は、DSM-IVでいう〈身体表現性障害〉、DSM-5でいう〈身体症状症 somatic symptom disorder〉であり、心療内科では『身体の病気がないのに身体症状を呈する精神疾患』を診ている」というように述べている。
 これらの見解についても私はまったく同感である。私が勤務している診療所は、精神科の他に心療内科も標榜しているが、初診の患者のなかには、心療内科だと思って受診する者も少なくない。今日の臨床現場において精神科医が「心療内科」という診療科を積極的に標榜する理由として「神経科」や「心療科」と同様に「精神科」への敷居を下げるためだけでなく、「精神科」という診療科を覆い隠すこともあるように思われるが、それは、おそらく患者のニーズを汲み取ったものであろう。
 実状を見る限り、心療内科は、身体医学的に説明できない症状 medically unexplained symptomsを呈する患者のなかで精神科やこころの問題に抵抗のある患者の受け皿になっているといえるだろう。

 この点については、私は日本における心身医学運動の理念に立ち戻り、1970年の日本精神身体医学会〔現: 日本心身医学会〕の「心身症の治療指針」にまで遡る必要があると考えている。1970年の心身症の治療指針では《身体症状を主とするが、その診断や治療に、心理的因子についての配慮が特に重要な意味を持つ病態》と心身症を定義している。そこでは《身体的原因によって発生した疾患でも、その経過に心理的な因子が重要な役割を演じている症例や、一般に神経症とされているものであっても、身体症状を主とする症例は広義の心身症として取り扱ったほうが好都合のこともある》と記述されている。1970年の心身症の定義は、1991年のような心身症を精神疾患と区別する診断的視点からの定義ではなく、治療的視点からの定義といえるだろう。心身医療の理念は、1970年の心身症の治療指針にあると私は考えている。心身医療の視点に立てば、1970年の心身症の定義に回帰する必要があるのではないだろうか。

 斎藤さんは、第五話で「それでは誰が心身症を弔うのか?」という問いを投げかけている。
 私は“心身症”臨床の現状について、次のように考えている。“心身症”の概念は多義性であり、1991年の定義でいう狭義の心身症を実際に診ているのは、臓器別診療科のいわゆる身体科といえるだろう。1970年の定義でいう広義の心身症を診るのは、本来であれば、精神科であるが、心の問題や精神科への抵抗を示す患者の受け皿として心療内科が一定の役割を果たしているであろう。
 そのうえで、次のような現象が起きていると考えている。それは、私が「心身医療と心療内科の捻れ現象」と呼ぶ現象である。それに向けて、まず私の立場をあらためて明確にする必要があるだろう。私は1991年に医師になり、同年に日本心身医学会に入会し、1970年の日本精神身体医学会〔現: 日本心身医学会〕の“心身症”の定義に賛同し、心身医学運動として心身医療の実践を始めた。1996年に日本心身医学会の認定医試験を受けて、認定医となり、その後、専門医となった。1996年は、アレルギー科、リウマチ科、リハビリテーション科などとともに《心療内科》が新たに標榜診療科として認可された年であり、日本心療内科学会が設立した年でもあった。しかし私は次のような理由で、日本心療内科学会に入会していない。
 その理由は「心身医療と心療内科の捻れ現象」という理解に至った私が心身医学運動として心身医療をおこなううえで《心療内科》という診療科に臨床的な矛盾を感じためである。もうひとつの理由は、私が心身医学の源流である“精神分析”の道に進むことを決意したことがある。
 私にとって心身医学とは、すべての診療科において意味のある普遍的な医学モデルを提示する学問であり、心身医療とは、すべての診療科において、実践できる/実践すべき医療であった。少なくとも当時の私には、日本心身医学会の内科医のみが中心となった日本心療科学会 Japanese Society of Psychosomatic Internal Medicineは、他の診療科の医師や他の職種が排除されているように見えていたし、心療内科の理念と心身医療の理念が捻れているように見えたのである。

 その一方で、日本心療内科学会の設立の背景についても考える必要があるだろう。
 1977年にG・エンゲルが提唱した「生物的心理的社会的」医学モデルの後、日本における心身医学運動において心身医療が社会的に認知されるために、心身医学は、医療のなかに居場所を確保することが必要であったように私は思う。そして既存の社会的な枠組である、大学医学部における講座や医局、あるいは病院や診療所における標榜診療科に心身医学の居場所を求めたのだろう。そのような背景のなかで誕生した心療内科医を束ねる学会が日本心療内科学会であるように私は思う。それは心身医学運動の歴史のなかで、ある意味でやむを得ない戦略や過程といえるかも知れない。
 しかし、心身医学を実践する本来の心身医療は、縦割的に並存する従来の診療科に対して横断的に跨がる概念であったはずであるが、《心療内科》を標榜することによって、縦割的に並存する従来の診療科のなかに組み込まれてしまったのではないだろうか。それが「心身医療と心療内科の捻れ現象」と私が呼ぶ現象である。
 さらに《心療内科》誕生の背景には、心身医学を実践する心身医療に携わる専門家たちの臨床的アイデンティティの問題があったように、私は思う。心身医学や心身医療に携わる専門家のアイデンティティの問題と“心身症”で苦しむ患者のアイデンティティの問題は力動的な共通点があるように私は思う。

 心療内科にとって重要な年となった1996年頃、私は実は次のようなことを考えていた。すべての診療科において、心身医学を視野に入れた心身医療が適切におこなわれるならば、すべての診療科は、象徴としての《心療内科》と言えるのかもしれない。さらに、すべての診療科が従来の縦割りから脱却し、患者中心に連携して、狭義から広義の心身症を医療全体で抱えることが可能になり、さらに社会-文化的なレベルで人間のなかにある“心”の問題や精神科への抵抗が軽減してゆけば、《心療内科》という診療科は不要になるのではないだろうか。このような考えは、当時の私が抱いていた《心療内科》をめぐる幻想であるが、当時の私自身の治療者としての葛藤と無関係ではないだろう。
 これに関連して、医師の専門性をめぐる最近のトピックに、日本専門医機構による専門医とそのサブスペシャリティ領域をめぐる議論がある。日本心身医学会と日本心療内科学会は、基本領域を内科とするサブスペシャルティ領域の専門医制度を新たに発足した。専門医の名称は、心療内科専門医である。しかし内科専門医のサブスペシャリティを目指す心療内科専門医は、1970年の定義にある心身医療の基本理念を保持できるのかどうか、今後の行方を見守る必要があるだろう。じつはサブスペシャリティをめぐる問題は、精神分析が精神科専門医のサブスペシャリティとして認められるかどうかという問題とも密接に関連している。

高い建物から交差点を望む
覆いと捻じれに目をむける立ち位置

 

異文化へと開かれること

 第六話で磯野さんは、文化人類学者の立場から“心”に向けてさらに考えを広げている。そこには、文化人類学からみた精神分析への問いが含まれている。
 「精神分析家はたとえ爆弾が落ちてくるような状況であっても分析をしている」というのは、精神分析家の分析的態度に対するひとつの比喩といえるだろう。しかし実際に爆弾が落ちてくる戦地では、“心”に向けた精神分析をおこなうよりも、まずは身体の安全を確保することが、心身の両面において大切であると思う。実際に精神分析では、内的環境のみならず、外的環境も重視しているように思う。精神分析は、精神分析という理念に基づく精神分析学といえるかも知れないが、一方で、精神医学とは異なる独自の世界観を有しているといえるだろう。
 身体と世界の接点に“心”を見ようとする磯野さんは、「身体とはそれ自体が心ではないか」と思うことがあったようである。文化人類学は、身体が心そのものを表す力動的な状況を捉えているのかもしれない。文化人類学に独自の学問文化があるように、精神分析にも独自の文化がある。異文化間交流では、自分の言葉と相手の言葉の違いを知ることが大切である。その意味で、磯野さんが言われるように、同じ言葉を同じ理解のうえで用いるのではなく、互いの立場を明確にする自分の言葉を使用した方がよいのかもしれない。いずれにしても、「異文化交流」自体にこのリレーエッセイのエッセンスがあるので、異なる領域や専門性と交流し、馴染みのない現象や素材をみずからの言葉で理解して、相手に伝えることが大切なのかもしれない。
 興味深いことに、精神分析と哲学は、人類学と関係の深い領域であり、一度踏み込んだら出てこられなくなる可能性について、磯野さんは示唆している。ある領域で何かを極めるということと、別の領域と交わって何かを発見するということに、臨床家は葛藤を抱くかもしれない。それこそ私が以前に感じた「心の専門家」と「身体の専門家」の関係性を表しているように思う。

 磯野さんは、最近、新たに向き合った書物としてC・G・ユングの「分析心理学セミナー」を挙げて、そこに書かれている、アクティヴ・イマジネーション/能動的想像法とその例を示してくださった。ユングについては、私よりも斎藤さんの方が詳しいわけであるが、私にとっては、精神分析における自由連想法 free association methodとの類似点と相違点を考える機会になった。アクティヴ・イマジネーション法では、例えば、ヘビという姿が心に浮かんだら、ヘビに対して受身的に身を委ねて積極的に関わり、無意識との対話を重ねるようである。ユングが重視したのが普遍的な無意識 collective unconsciousであるのに対して、精神分析が重視しているのは被分析者の個人的な無意識 personal unconsciousであるという点が、アクティヴ・イマジネーション法と自由連想法の違いといえるだろう。普遍的無意識を重視しているという点で、文化人類学はユングの分析心理学と共通点があるのだろう。
 ユングのアクティヴ・イマジネーション法に対して磯野さんが最初に連想したものが、シャーマンのおこなう呪術であるようである。磯野さんは、精神分析と呪術を分けるものは何か? と、新たな問いを私に投げかけている。この問いは、私にとってある意味で興味深い問いであった。

 この問いを受けて、私は自分が二年程前まで勤めていた大学のことを思い出した。
 当時、私は大学教員としては人文学部に所属しており、同じ学部には、人間の普遍的な本質に迫ることを目指した人類文化学科があり、そこには文化人類学を専門にする先生方がおられた。今から思えば、同じ学部でありながら、文化人類学の先生方との学術的な交流はまったくなかったことに、私はあらためて気づいたのである。当時の私の治療者としての心は、保健センターという医者の文化のなかに閉ざされていたのであろう。もちろん S・フロイトがみずからの精神分析を論じるうえで呪術やシャーマニズムにもしばしば言及していることは知っていたが、私にとっては、自分が実践している精神分析は、もはや呪術と比較するようなものではなかったのである。おそらく私は、接点がないほどに精神分析と呪術を分け隔てていたようである。
 せっかくの機会であるので、精神分析と呪術との違いについてあらためて考えてみたい。ただし、私は呪術というものを実際に見たことがないので、あくまで想像上の呪術ということになる。呪術とは、呪術師は神や精霊などの超自然的で神秘的な存在に働きかけて、患者の願いを叶える方法といえるだろう。これに対して、精神分析家が患者の無意識のなかに潜む「神」や「悪魔」を呼び覚ますという点、さらには、患者が精神分析家を「神」や「悪魔」を呼び覚ます「魔術師」の如く、あるいは精神分析家そのものを「神」や「悪魔」のように体験するという点において、精神分析は呪術と共通点があるかも知れない。
 最早期の乳幼児の体験を比喩で言えば、母親は「神」であり「悪魔」でもあるといえるかも知れない。しかしながら、精神分析(家)は呪術(師)ではない。私が思うに、精神分析は人間による人間のための実践であり、決して「神」や「悪魔」の力を借りているわけではない。そのため精神分析には、常に限界というものがあり、精神分析家はみずからの無力さというものに耐えなければならないだろう。
 C・G・ユングのアクティヴ・イマジネーション法は、適当におこなうと危険なので、きちんと訓練された専門家とともにやるべきであるということであるが、その点は、精神分析の実践と基本的に同じである。精神分析の訓練を通じて、今日の臨床倫理の上に実践されるという点は、呪術との違いといえるかも知れない。

 磯野さんは、第六話の終わりに、最近のトッピックとして Human Papilloma virus (HPV)の副作用 * における心身問題について言及している。私は、HPVワクチン接種後の副作用とみられる方を直接診察した経験がないので、公表されている以上の知見をもっていない。
 2015年に日本医師会が発表した『HPVワクチン接種後に生じた症状に対する診療の手引き』には、「『心因』という言葉が、器質的な病態の存在を全否定し、詐病的あるいは恣意的であると誤解されやすい事から、患者・家族も認める明らかな精神的問題を認める特殊な場合を除き、『心因』という表現は用いない」と明記されている。これらの内容は、精神科医の立場からみて、妥当であると思う。おそらく磯野さんが述べるような意見が社会のなかで存在するために、上記のような文言が診療の手引きのなかに設けられたのではないだろうか。いずれにしても、身体症状で苦しむ人々に対して心因性であると診断する行為自体がいかに暴力的であるかを、磯野さんは示しているだろう。
 私は研修医の頃に経験した慢性疲労症候群 chronic fatigue syndromeという病態に対しても同様の精神力動を感じる。psychogenicつまり心因性ということと、psychosomaticつまり心身相関があるということは、異なるのである。磯野さんが述べたHPVワクチンの副作用は心因性であるというひとつの社会的な見解に見られる暴力性は、「個別性の高い個体内の問題を社会-文化的なレベルで理解することの難しさ」を表しているように私は思うのである。

 精神分析における理解は、基本的に“生きた人間”に対する関与しながらの観察に基づいているが、文化人類学における理解も基本的に同じであると私は理解している。
 そのうえで、本稿において、私は社会-文化的なレベルで人間のなかにある“心”の問題や精神科への抵抗が軽減してゆくことについて触れたが、文化人類学では、観察による理解に基づいて、社会や文化に対して、どのような介入をしていくのだろうか。これは主に個人的な無意識を対象する精神分析からの問いであり、ひとつの期待でもある。
 
 
 
 

* 2010年頃より、子宮頸がんの成因とされる Human Papilloma virus (HPV) の感染予防として子宮頸がんワクチンが10代の女性を中心に接種されるようになった。その後、HPVワクチン接種後の副作用が報告されたことで、2013年にはワクチンの積極的勧奨が中止され、現在ワクチン接種率は大きく低下している。


おかだあきよし岡田暁宜(おかだ・あきよし)

名古屋工業大学保健センター教授
1967年生まれ、名古屋市立大学大学院医学研究科修了、医学博士
愛知教育大学・准教授、南山大学・教授を経て現職
精神分析協会・正会員
2010年、精神分析学会山村賞受賞

第六話 心のありか、心の様相

[磯野真穂]


 すでに私で六走目に達したリレー。
 まず、二巡目最後の私でこのエッセイに大ブレーキがかかったこと、岡田さんと齋藤さんにお詫びしたい。前回何を書いたか忘れていてもおかしくないほどの時間が過ぎてしまった。

 おさらいをしておくと、「心身という言葉に違和感はないですか?」という私の問いに対し、岡田さんも齋藤さんも「そのような違和感を感じたことはない」と率直にお答えくださった。そしてそのうえで、たいへん誠実なエッセイをそれぞれの専門性から展開してくださっている。やっぱり先輩ってありがたい(加えると、齋藤さんがあのマニアックでかつ利用頻度も低い呪文「ザメハ」を知っていたことに驚きを隠せない。一度ドラクエ談義をさせていただきたいものである)。

 しかしそのような返信をいただいたにもかかわらず、当の私が大ブレーキをかけてしまった。繰り上げスタートになってもおかしくないレベルで六走目のバトンを持ちっぱなしにしていた訳である。いったい私はこの間、何をしていたのか? ――ぼんやりしていたわけではなく、不思議な巡り合わせ、魂全開の上半期を送り、その結果、下半期はその抜け殻のようになっておりました。

 このためどうにもこうにも手がつけられず。
 ごめんなさい。


心があらわれる処

 さて今日は、四走目の岡田さん「第四話 心と身体の空間」の言葉から始めたい。

ラベルが理解を妨げる理由は、ラベルは対象物を整理するために対象物の表面に「付けるもの」あるいは「貼るもの」であり、それは、本質的に中身を覆う行為であるからである。

 岡田さんがいうように、ラベルとは実に便利なものである。名札で世の中を腑分けすることによって、世界が整理され、わからないことがよくわかるようになったような気がしてしまう。実際にそれでわかることも多いのだが、岡田さんはその裏にある「ラベルの陥穽」を的確に突いてくださっている。
 そのような目線で三走目から五走までの我々のやりとりを何度か読み返すと、“心”というラベルによって覆われていた世界が見えてきた。

 まず精神分析家である岡田さんは、「無意識と意識の交錯」に心のあらわれをみている、と考えた。友人の精神分析家が「精神分析家はたとえ爆弾が落ちてくるような状況であっても分析をしている(つまり環境ではなく、無意識と意識の交錯から現れる現象として問題を捉える)」とうそぶいていたことがあるのだが、精神分析というのは、無意識を措定し、そこを丁寧に見ることで“心”に奥行きを持たせ、人生に生じるさまざまな問題を扱うことができるようにした学問と言えるのではないか。

 かたや医師である齋藤さんは、心身医学会が自らを刺し殺すような「心身症」の定義を作り出してしまったことを嘆きながら、心と身体についてのエッセイを提示してくださった。明らかなのは、ここでの齋藤さんの心のスタンスは、あくまでも「身体との接点にあらわれる重要な何か」として“心”を捉えていることである。

 他方、文化人類学者である私は「身体と世界の接点」に“心”を見る。私は「身体とは、それ自体が心ではないか」と思うこともあるのだが、それは私の学問的背景のせいなのだということがよくわかった。“心”を「傾向性」として捉えるギルバート・ライルの理論がすっきりくるのも、そのせいなのだろう。
 したがって、このエッセイはもしかすると、心という言葉を使わず、お互いのスタンスをより明確に示すような言葉を選んだ方が良い場合もあるのかもしれない。というより、お二人のお話を聞いた結果、ますます“心”がわからなくなった。心って何?

森の中の一本道をゆくバックパッカーが一人。手前にラウンドアバウト交差点の標識
身体-心-世界-心-世界-身体-世界-心-身体…

 

心ならではの在り方

 さて、そんな私は昨日から、大塚伸一郎さんからご恵贈いただいた、C.G.ユングの『分析心理学セミナー』(みすず書房 2019年)を読んでいる。
 精神分析と哲学はいずれも人類学と関係の深い領域であるが、私はこの二つを――書物にはふれながらも――いつも遠巻きに眺めていた。一度踏み込んだらずぶずぶになって、出て来られなくなりそうな予感がしていたからである。しかし何のご縁か、この二つの領域があちら側からやってくるようなことが最近増えた。きっとこれは、「いい加減きちんと向き合え、というお告げに違いないと」と思い、おそるおそるページを開いた次第である。

 結論からいうと『分析心理学セミナー』。ものすごく面白い。なぜもっと早くにページを開かなかったのか、と思う。しかし他方で、その内容に驚いてもいる。率直に受かんだ言葉を言うと、ちょっとぶっ飛び過ぎてないですか?!
 ここで紹介されているユングのアクティヴ・イマジネーションの解説にはこうある。

たとえば「ヘビ」の姿が心に受かんできたら、そのヘビとともにファンタジーに留まり続け、そのヘビに対しパッシブに身を委ねたり、アクティヴに関わったりすることを繰り返しながら、無意識との対話を重ね、徐々に心の深みに降りてゆく。

『分析心理学セミナー――1925年、チューリッヒ』C・G・ユング(みすず書房 2019年)

 これを読んで私の頭に真っ先に浮かんだのは、シャーマンのおこなう「呪術」である。エスノグラフィはこのような話にあふれている。アクティヴ・イマジネーションは、適当にやると危ないので、きちんと訓練された専門家とともにやるべき、といったことも書いてあるが、これも「ちゃんとしたシャーマンの治療を受けないと病気が治らない」というのと同じではないのか?

 精神分析家は、これを十把一絡げに「呪術」と言われるのは納得がいかないだろう。おそらくこの問いに対しては、すでにいろいろな答えがなされているとは確信するが、お二人の先生は、精神分析と呪術を分かつものを何だと考えているのだろう? 私からの小さな問いである。

 

社会でのあらわれと在り方

 さて、もうひとつ最後に、齋藤さんのいう“心”に近いところから問いを投げたい。
 日本におけるHPVワクチン接種率の低下が問題視されて久しい。この問題で注目したいポイントは複数あるのだが、そのひとつは、対象者が接種後に不調を訴え、その不調が続いた場合、その不調の原因が“心”にあると語られがちなことである。

 実際にそういうこともあるのかもしれないが、他方で、この言い回しには暴力性も感じる。
 なぜなら、彼女たちの不調が心の問題に回収されるとき、そこには「それは本当の病気ではない」といったニュアンスが入り込んでいるからである。HPVワクチンの問題は、それ自体が多様な意味で深刻さを孕むが、それを通じて、疫学に回収しきれない問題に対する「コミュニティの向き合い方」を見渡すことが可能であり、またその際に、そのコミュニティのなかで“心”がいかなる存在・あらわれであるかを知る契機にもなると考えている。

 いかがだろうか。

[追伸]
生徒も学生もいないのに先生だけがいるのはどうも居心地が悪いので、敬称を変えさせていただきました。


磯野真穂磯野真穂(いその・まほ)

国際医療福祉大学大学院 保健医療学専攻看護学分野准教授
1999年 早稲田大学人間科学部卒業(スポーツ科学)
2010年 早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程修了
こころの分野は、文化人類学(医療人類学)
からだの分野は、ボクシング(ライセンス取得 2013年)
著書
『なぜ普通に食べられないのか』(春秋社 2015年)
『医療者が語る答えなき世界』(ちくま新書 2017年)
『ダイエット幻想――やせること、愛されること』(ちくまプリマー新書 2019年)
共著:宮野真生子
『急に具合が悪くなる』(晶文社 2019年)
●磯野真穂 公式サイト
http://www.anthropology.sakura.ne.jp/

第五話 誰が《心身症》をコロしたのか?

[齋藤清二]


誰が駒鳥 殺したの
それは私 とスズメが言った
私の弓で 私の矢羽で
私が殺した 駒鳥を

(マザー・グース:Who killed Cook Robin)

 

《心身》への違和感という覚醒体験

 前々回のエッセイ「第三話 〈心身〉への違和感 ―交差点は危ない―」において、磯野先生から投げかけられたのは

《心身》という言葉に違和感はないですか?

という衝撃的な問いであった。磯野先生の問いはまさに、大魔導士のみが唱えることのできる究極の呪文パルプンテの効果をいかんなく発揮し、「パルプンテ・パルプンテパルプンテ……」と木霊のように響き渡りながら、惰眠をむさぼっていた私の精神を覚醒させた(「それならばザメハではないのか?」というツッコミが聞こえるのはとりあえず無視する)。
 磯野先生はさらに「事故は交差点で起こる」と喝破し、岡田先生(あるいは私)と交差点の中央で正面衝突することに対する警告を発したのであるが、第四話の岡田先生は、自身の現実の交差点での事故の例をひきつつ、みごとにそこから建設的な議論を引き出す老獪な(もとい、洗練された)熟達の技を披露されたのであった。
 というわけで、私はちょっとほっとしつつ、自分なりの「《心身》という言葉をめぐる問題」について書いてみたいと思うのである。
 

心身症という概念

 私は《心身》という言葉にはあまり違和感をもったことはないが、その派生語である〈心身症〉という言葉には、学生のころから違和感ありまくりであった。
 といっても、〈心身症〉という言葉が嫌いだったわけではなく、「心身症 psycho-somatic disorders という言葉が何を指しているのか、さっぱり分からない」という意味で、違和感を覚えていたのである。
 もともとの私の理解はこうであった。

  • 心身症とは、臓器別の疾病にうまく分類できないものに与えられたひとつのカテゴリーである。
  • 心身症とは、元来は精神疾患と身体疾患のどちらにも分類できない、あるいは精神・心理的要因と身体的要因が重なり合った病態を示すような概念であり、それを専門的に扱う医学として“心身医学”が提唱されてきた。

 と、私は思っていた。
 もちろんその背景には、近代から現代にかけての医学が、病気を身体疾患と精神疾患に明確に区別しようとするあまり、その両方が絡みあうなかで苦しんでいる患者をうまく扱うことができない、という実態があった。
 〈心身症〉をめぐる議論は、デカルトによる心身二元論の提唱に遡る根本的・哲学的な問題への注目をも呼び起こしてきた。こころを身体とは完全に区別されるものとして定義した「心身二元論」に対して、本来人間とはそのように分割することのできないひとつの統一体であり、病いを被った人間である患者は全人的に扱われるべきであるという「全人医療 whole-person medicine, holistic medicine」の考え方である。〈心身症〉という疾病の存在は、そのような全人医療の必要性を強く要請するものだった。

2方向を移す鏡のついたカーブミラー。真ん中に止まれの標識。
歴史的にも「興味しんしん」…

 

消滅の危機にある 心身症

 しかし現在、心身症という概念は、消滅の危機にさらされている。というより、ほぼ完全に消滅している。

日本心身医学会による定義

 1991年、日本心身医学会は、心身症を 「身体疾患の中でその発症や経過に心理・社会的因子が密接に関与し,器質的または機能的障害が認められる病態」と定義し、さらに「神経症やうつ病など他の精神障害にともなう身体症状は除外する」という文章を付記した。心身症についてのこの定義は、その後の心身症診療、あるいは心身症の治療をその専門とする標榜診療科である“心療内科”の在り方を決定的に規定するものとなった。

 第一の問題は、心身症を「身体疾患」であると定義したことによって、心療内科医が建前上扱うべき疾患と、現実に心療内科を訪れる患者群のあいだに、大きな乖離が生じたことである。さらに、心身症から「神経症やうつ病に伴う身体症状」を除外したことによって、心療内科医が診るべき患者は、理屈上は、高血圧・喘息・消化性潰瘍などの(通常の)身体疾患に限定されることになった。しかし、実際には、このような疾患を主たる問題とする患者が心療内科医を訪れることはほとんどない。なぜならば、ほとんどの場合、高血圧ならば循環器科医、喘息ならば呼吸器科医、消化性潰瘍ならば消化器科医がその患者を治療することになり、その大多数において大きな問題は生じないからである。

 第二の問題は、心療内科を訪れる「身体症状を訴える」患者の大半は、上記のような意味での心身症ではなく、身体に器質的な異常が見つからない、あるいは見つかったとしてもその症状をとうてい説明できないような患者である、という事実である。各臓器別の身体科の領域では、このような病態は「機能性身体症候群 functional somatic syndrome」として理解されるようになり、その考え方は一定の効果をあげてきた。典型的な例は、「機能性胃腸症」や「過敏性腸症候群」などの消化器領域の疾患群である。しかし、このことは必ずしも心身医学の必要性を高めたわけではなく、これらの「機能性疾患」のほとんどは臓器別診療科や総合診療科においてケアされるようになった。

精神疾患としての心身症

 一方で、このような患者を精神科医療の視点から見ると、実際に心療内科を訪れる人の大半は、DSM-IVで「身体表現性障害」という精神疾患の診断カテゴリーに該当する。このような人たちはDSM-5ではさらに単純化され、身体症状症 somatic symptom disorder としてまとめられた。この定義は「身体の病気がないのに身体症状を呈する精神疾患」である。
 このように、こころと身体の二元論的乖離への挑戦として登場した〈心身症〉概念は、再び「精神/身体」の情け容赦のない二分法のなかへと霧散解消してしまうことになった。

 現実に日々、心療内科を訪れる患者の大半は、身体症状を主としつつも、うつ気分や不安などの情緒の問題に苦しめられている患者であり、情緒的な問題や社会的な背景への適切な対応なしには支援をおこなうことはできない。しかしそれを強調すればするほど、結局のところ、その患者の病態は精神疾患のカテゴリーのなかで理解されることになり、ここでも〈心身症〉概念の必要性は薄れるばかりとなる。
 現実に、心療内科を標榜する病院診療科やクリニックの大半は精神科医によって診療がおこなわれていることが、現在では普通である。
 

それでは誰が 心身症を弔うのか?

 「それは私」と自覚をもって責任をとれる人はいるのだろうか? そもそも、もともとの出発点である「こころにもからだにも分類できない苦しみ」を抱えている膨大な数のひとたちは、どこへ追いやられてしまったのだろうか?

 縮小の一途をたどる“心身医療”界隈であるが、苦しむ患者さんが〈心身症〉概念の消滅によって救われたとはとても思えない。
しかし、希望はないわけではない。その希望は、このような苦しみを抱えた人たち自身が「他者から解釈されラベルされる」存在としてではなく、「自らの視点から自らの言葉で」その生きられた体験を語り始めたということにある。
 心身医学会みずからが定義を変えることによって〈心身症〉を消滅させるレールを敷いたとき、それでも臨床に携わっていた者たちは、自身の経験や患者さんとのかかわりについて、語ろうとし続けた。その一部は、学会報告や論文や書籍という形で公表されてきた。それがどんなに実りの少ないものであったとしても、そこには「みずからを語る声を奪われた人々の代わりに語ろうとする」実践家はいたのである。
 〈心身症〉の定義には厳密には合致しないにもかかわらず、臨床家たちは苦しむ人たちに関わり続けてきた。苦しむ人々の多くは、不登校、摂食障害、自傷行為、解離性障害などと呼ばれてきた。最近では、発達障害、虐待によるトラウマ、さらには醜形恐怖、身体改造などとしてラベルされることが多くなっているように見える。

 そしてようやく今、「治療者やケアラーが彼/彼女らを外から語る」のではなく、彼/彼女らがみずからを語りはじめている。支援者や専門家は、彼らの語りを真摯に受け止め聴くことを通じて、彼ら自身が声を発することを支援する、という役割へと転換しつつある。
 その役割を積極的に果たしてきたのは、“医療人類学者”であり“質的研究者”であった、と私は思っている。


齋藤清二
齋藤清二(さいとう・せいじ)

立命館大学総合心理学部教授
1951年生まれ、新潟大学医学部卒業、医学博士
富山大学保健管理センター長・教授、富山大学名誉教授を経て現職
こころの分野は、消化器内科学・心身医学・臨床心理学
からだの種目は、卓球

第四話 心と身体の空間

[岡田暁宜]


 リレーエッセイは、これで一巡したことになる。
 これまでは、それぞれの著者による自己紹介といえるだろう。第1回の私と第2回の齋藤先生のエッセイを受けて、第3回で磯野先生から「問い」が投げかけられた。
 ひとつのプロセスとして、今回は、磯野先生の問いから、私のなかの内的対話を進めたい。

 

「心身への違和感」から

 「《心身》という言葉に違和感はないですか?」という純粋な問いを受けて、私は、自分が今まで《心身》という言葉に違和感をもっていなかったことに気づいた。そこには、私の臨床家としての出自があるだろう。私は《心身》という考えに親和性があるようである。
 「心身」とも「身心」とも書くが、いずれにせよこれらは、こころと体が未だ分化していない乳幼児世界のような状態、あるいは、こころと体が容易に置き換わる力動性を表しているようである。見方あるいは状況によっては「心vs.身体」「心or身体」というように対立するかも知れないが、《心and身体》という一対の概念といえる。

 日々の臨床において「こころとしてのからだ」や「からだとしてのこころ」という力動を経験することがある。このようなこころとからだの関係は、「こころと脳」の関係にも当てはまるかも知れない。経験的にこころとからだが互いに協働し補完し合う関係の場合もあれば、互いに支配や攻撃し合う関係の場合もある。
 また見ようによっては《心身》という言葉には、「光影」「虚実」「陰陽」「表裏」「内外」「男女」「動静」「生死」などのような、互いに対立しながらも互いに必要とする二つの存在や関係に宿る、ある種の“うつくしさ”が感じられる。そのような美しさを私は「意識と無意識」にも感じる。少なくとも私が考える精神分析では、ただ無意識のみを扱っているわけではなく、《意識and無意識》の一対を扱っているのである。

 

こころは何処に

 磯野先生が紹介してくださった、ライル〔Ryle, G.: 1900-1976〕が『デカルト神話』のなかで心身二元論への批判として用いた「機械のなかの幽霊のドグマ」や「高校を歩き回った結果、教師は見つかったが、校風は見つからなかった」という比喩は、おもしろい。
 幽霊も校風も実体としては存在しないが、それらが恰も存在しているかのように、人間は生活している。幽霊を見るのも、校風を感じるのも、すべて人間のこころなのである。デカルトのコギトが思い出されるかも知れない。幽霊は、こころのなかの不安や恐怖の投影であり、居場所の定まらない存在を表しているだろうし、校風は、集団と歴史という学校文化のなかで育まれるものである。
 現代医学は、精巧な機械や堅牢な校舎として概ね存在しているのかも知れないが、人間が機械を使用し、校舎で生活するなかで、そこに「こころ」が宿るのであろう。それは“世界観”といえるだろう。

 齋藤先生が「胸や心臓のあたりには『胸がキュン』とする歓びや、『胸が締め付けられる』ような苦しさを感じる“こころ”があります」と述べたことは、こころは心身相関(情動身体反応)に裏づけられた心臓heart♡であることを示している。その意味で心臓はこころを象徴している。
 心臓が象徴するものは、それだけではない。脳死の判定が可能になる以前は、心停止が人間の「死」の基準であった。その意味で心臓は“生命”を象徴している。心理臨床家はこころをいのちと等価に考えているのではないだろうか。
 心臓がこころを象徴する理由は、心臓が体幹部の内部にあるからだと私は思う。「胸中」という言葉があるように、人間にとって“こころ”とは、内部・深層・中心という場所に局在するものである。「内心」という言葉があるように、人間が“こころ”に対して抱く心象は、中身のある容器のような構造を呈しているのではないだろうか。その意味で人間は心を「空間」や「場」と捉えているのではないだろうか。
 心理臨床において、患者が述べる「空虚感」という言葉は、中身がない空洞のこころを指している。「中身」という言葉があるように、こころのなかには「身体」があるようである。これは「身体感覚としてのこころ」といえるだろう。「身につく」「身になる」という言葉は、言葉の上では「身体化」であるが、ここでの「身体」は“こころ”を象徴しているのである。

 磯野先生は、世界との接合面に形を変えて現れる表現形式として“こころ”を捉えて、こころは「現れ」であると述べている。
 我々は、今まで見えなかったものが見えるようになる際に「現れる」という言葉を用いる。そこに現れる“こころ”とは、外的現実からの要請に対するために、あるいは現実に適応するために、発動する反応といえるだろう。
 一方で、こころのなかにあるものが姿を現す際には「表れる」という言葉を用いる。無意識が意識化して姿を現す過程は「表現」や「表出」と呼ばれる。これは、精神分析の基本といえるだろう。私にとっての“こころ”は、場所や空間であり、そこには現れない領域や表れない領域があり、そこに「大切なもの」や「恐ろしいもの」が存在しているのである。

 

こころの病気の名前

 磯野先生はエッセイの終わりに、近年の「こころの病気」の増加への違和感として、「病気のラベルの増加」に言及している。この議論はとても重要である。
 私は「精神医学的診断がいかに人間理解を妨げているか」という自分のなかにある考えを再認識させられた。今日の精神医学的診断が「病気のラベル」であるとすれば、それは“こころの中身”についての本質的な理解ではない。その意味において、今日の精神医学的診断は「精神医学との接合面に現れる表現形式」といえるかも知れない。磯野先生の「心の病気の増加」への違和感は「精神医学」への違和感を表しているようである。この違和感は、私も含めて、精神分析の臨床家が抱いている臨床感覚ではないだろうか。ラベルが理解を妨げる理由は、ラベルは対象物を整理するために対象物の表面に「付けるもの」あるいは「貼るもの」であり、それは、本質的に中身を覆う行為であるからである。

誰もいない交差点の写真
現れる?/現れない?  表れる?/表れない?

 

交差点に向かって

 最後に、磯野先生が初めに述べた「事故は交差点で起こる」「交差点は危ない」という言葉に触れたいと思う。いま走り出しているリレーエッセイのタイトル【こころとからだの交差点】について考えれば、交差点における事故の危険性は、確かに考慮すべき事象といえるだろう。

 そこで思い出されるのは、私の学生時代のひとつの交差点体験である。
 現在、私が勤務する大学のすぐ近くにある、信号機のない見通しの悪い交差点で、私は自動車と自動車で出会頭事故をしたことがあった。不幸中の幸いで、互いの自動車の損害は板金修理で済む程度の損害で、事故の過失は5対5であった。今でもその交差点を通ると、その時の記憶が蘇るのである。
 信号機のない見通しの悪い交差点で事故が起きる心理的理由は、その事故の可能性をドライバーが心理的に否認しているからであろう。

 道路における交差点とは、二つ以上の道路が交わる場所であるが、安全に交差点を走行する車同士は、実際には、触れることはなく、すれ違っている。比喩としての「交差点」は“出会いの場”であり、交差する過程で相互に交流する“創造の場”でもある。
 神経学者であったフロイト〔Freud. S.: 1895〕は、多くの不可解なヒステリー患者と出会い、その結果、精神分析が誕生した。そしてフロイトは、アニミズムやトーテミズムなどさまざまな民俗-文化的な論考をおこなっている〔1913〕。彼の著作は今日でも、臨床をおこなわない思想家や哲学者に幅広く愛読されている。その意味で、精神分析は“意識と無意識の交差点”の臨床であり、「異なる領域」や「異なる文化」との交差点の学問といえるだろう。
 交差点としてのリレーエッセイを通じて、齋藤先生との出会い、磯野先生との出会いから、なにかを創造できればと思う。


おかだあきよし岡田暁宜(おかだ・あきよし)

名古屋工業大学保健センター教授
1967年生まれ、名古屋市立大学大学院医学研究科修了、医学博士
愛知教育大学・准教授、南山大学・教授を経て現職
精神分析協会・正会員
2010年、精神分析学会山村賞受賞

第三話 〈心身〉への違和感 ―交差点は危ない―

[磯野真穂]


 こんにちは。 斎藤先生からバトンを受け取った、三人目の筆者の磯野です。
 専門は文化人類学。年は両先生方より一回りほど下だろうか。岡田先生とは、まったく面識がないため、いきなりこんなことを書くのもいかがなものかとは思うが、これまでに出会った人々が、私を形容するために使った言葉を並べてみたい。

トリックスター
        ワイルドカード
               ジョーカー
                     パルプンテ

※パルプンテ: 知らない人のために説明すると、RPGゲーム「ドラゴンクエスト」の呪文の一つである。唱えた者にも何が起こるかわからないので、実戦ではほとんど使われない。

 20代のころは『変わってるね』と言われるのが嫌で仕方なく「ふつう」にあこがれていた。しかし30を迎えるに当たり、「これはきっと褒め言葉に違いない」と無理やり受容して、今に至る。
 岡田先生は百戦錬磨の臨床を積んでいる方と確信をするので、きっとこんな単語を見てもびっくりはしないと思うのですが、リレーエッセイの一人は、こんな人です。よろしくお願いします。

 

 さて、両先生はこのリレーエッセイを、医学生の頃まで立ち返りながら、「心をみることを忘れてしまった医学」に対する批判的視線を入れつつも、どこかノスタルジックな、やさしい彩でエッセイを始められている。
 だが、三番目の私は、少々危うい切り口からこのエッセイを始めてみたい。

 

事故は交差点で起こる

 交差点に信号機があるのは、それが危ない場所だからだ。 何かが交通整理をしないと、ほんとうに人が死ぬのである。
 LGBTが、時にいかがわしい存在としてみられるのは、生物的にも、社会的にも美しく分断されているはずだった性別上の秩序を乱したからである。一人の体の中に、男と女の両方の要素が入っていたり、結ばれるのは男女であるはずなのに、男男になったり、女女になったりする。
 「これはなんだか、嫌だ」――だから「異常な存在」ということにしたり、いないことにしたり、「少子化を促進させる!」とかよくわからない警告を発したりして、秩序を保ちたい一群が現れるのである(左利きのハサミが売り出さると左利きが増える、とでもいうのだろうか。私は左利きだが、左利きのハサミを売っている文具店で仲間が増えた現象は、いまのところお目にかかっていない)。このような事例は枚挙にいとまがない。

 私の実家、安曇野市には、道の各所に道祖神がある。1mほどの石に男女の神様が寄り添って掘られていることが多い(写真はそうでなく申し訳ない……)。
 今は単なる観光スポットになってしまい、観光スポットを作り上げるため道祖神をとりあえず道端に「置いてみる」人も出てきてしまったので、安曇野生まれとしては少々がっかりではあ るが、もともと道祖神は、集落と集落の境界に置かれていた。外から危ないものが入ってこないよう、守ってくれていたのである。

安曇野市の道祖神
Watch your both side!

 その意味で、道祖神と交差点の信号機は、役割を共有する。
 人間は好奇心の塊であるが、同時に異なるものを直感的に恐れる存在でもある。 古来から人は、自分とは異なる何かと出会う場としての“交差”をおそれていたのである。
 そればかりではない。交わることの危険さは、臨床現場でも見て取ることができる。
 私は、医療者ではない人間として、さまざまな診療科の陪席をさせてもらっている。すると、ここでも危険な“交差”の兆候が見える。
 いわゆる身体を専門にする医師は、「精神科医はなんでも心のせいして、身体への配慮を忘れがちだけど、重要な身体疾患が隠れていることもあるから注意をしないといけない」、とつぶやく。
 一方で、心療内科医や、精神科医は、「心をみられる医師が少ない」と嘆く。うまく住み分け、大人の対応をすることで、争いは避けられてはいるものの、交差点の火種は現代医療の現場にも存在しているのである。

 

 さて、“交差点”を冠するこのリレーエッセイはどうだろう。
  実はこのリレーエッセイの鍵は、斎藤清二先生にある、と私は考えている。なぜなら私は岡田先生とまったく面識がない。それだけでなく、我々の専門が、精神分析と文化人類学という、時に互いに刺激をしあい影響を受け、しかし完全にあい入れることのない学問である(しかも他方は、トリックスターの名を称したことのある人類学者だ。大丈夫だろうか。心配だ)。
 したがって、岡田先生と私の論が奇妙なかたちで交差すると「事故る」のである。いや、斎藤先生も精神分析をバックグラウンドにお持ちなので、もしかすると危険な交差をするのは、斎藤先生と 私かもしれない。
 だが、斎藤先生は私を知っており、このリレーエッセイの著者のひと人に私を推薦してしまった立場にあるので、何か起こった場合、“交差点”の交通整理をせねばならない立場になってしまうだろう。

ということで斎藤先生、改めてよろしくお願いいたします。

 

《心身》への違和感

 さて、「心身医学」の重要性を強調する両先生にさっそく問いを投げかけてみたい。

《心身》という言葉に違和感はないですか?

 私は《心身》に違和感が大ありである。そればかりか、《心身》という言葉が、人間についての いろいろな問題を引き起こしているのでは、と思うこともあるほどである。
 白黒、男女、質と量、いった言葉は、カテゴリーとしては同一ではあるものの二つは対立概念であることを示している。当然ながら心と身体もここに入り、だからこそ冒頭で書いたような、「心が診られる医者」「身体しか診られない医者」といった言葉が現れる。
 しかし《心身》は、心と身体を的確に捉えているのだろうか。
 《心身》という言葉により私たちは、自分の中に「心」という場所「身体」という場所があると想像する。 確かに、身体は空間を占める場所として存在する。でも、果たして心はどうだろう? どう考えても、心は場所ではない。なのになぜ、「これは身体でなく、心の問題」「これは心でなく、体の問題」といった言い回しが普通になされるのだろう。

 ここで思い出すのが、哲学者ギルバート・ライルである。というか、私の上記のふわっとした違和感に言葉を与えてくれたのがライルであった。
 ライルは著書『心の概念』〔1949年〕のなかで、デカルト以来続いた「心身二元論」を、「機械の中の幽霊のドグマ」という有名な比喩を使い痛烈に批判する。身体という機械の中に、身体という心 を操る幽霊がいる。そんな幽霊などいないのに、皆がそれに振り回されているというわけだ。
 ライルは、心身二元論の誤謬を説明するため、「高校を歩き回った結果、教師は見つかりました が、校風は見つかりませんでした」と言いながら困っている人の例を挙げる。
 この例は非常にわかりやすい。学校を歩き回っても、校風にばったり出会ったりはしない。だから、体のなかをいくら探しても心には出会えない。
 校風の話の奇妙さを、私たちは直感的に感じることができる。
 しかし私たちは、「心のなか」とか、「心の問題」という言葉には違和感を感じない。これは私たちが身体のなかに「心」という場所を想定し、それを前提に生きているからであろう。

 心理学・精神分析も、心を〈場所〉のように扱っているように、私にはどうしても見えてしまう。意識や無意識といった言葉から、心という〈場所〉のなかにさらなる小さな箱が想定されていることがうかがえる。〈場所〉としての心のイメージから心理学や精神分析は逃れていると言えるだろうか。
 私は心については、〈場所〉よりも〈現れ〉と表現する方がしっくりくる。世界との接合面に、形を変えて、現れる表現形式としての心である。したがって心は、何かと接しているときにしか現れない。校風が、見ようとしている人と学校との接合面に現れるように。
だから、心だけ取り出すことも不可能である。その人が接している人、接している環境が変化すれば、現れ方も変わるのだから。

 

 私はこのように考えるので、近年進む「心の病気」の増加に違和感を覚えている。
 この場合の「増加」とは、人数ではなくラベルの増加である。そのラベルにより助かっている人もいる。 救われた人もいる。それはもちろん認めたうえである。
 ある人間の心に「発達障害」「人格障害」「摂食障害」というラベルを貼って、「◯◯病に典型的な症状」といった言葉で、心の見方を固定してしまうこと。それぞれのラベルに対して適切な「対応の仕方」を専門家が教えること。
 そんな対応の仕方、世界の見方は、「心という世界との接合面での現れが、その人が出会う場所・人々によって、いかようにも変わりうる」こと。「心という<現れ>が流れ去り、形を変えてまた<現れ>る」こと。そんな“こころ”の面白さを減らしてしまうのではないだろうか。

 

私はこのように考えているのですが、岡田先生、斎藤先生、どう思われますか?

磯野真穂 いその・まほ

国際医療福祉大学大学院 保健医療学専攻看護学分野准教授
1999年 早稲田大学人間科学部卒業(スポーツ科学)
2010年 早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程修了
こころの分野は、文化人類学(医療人類学)
からだの分野は、ボクシング(ライセンス取得 2013年)
著書
『なぜ普通に食べられないのか』(春秋社 2015年)
『医療者が語る答えなき世界』(ちくま新書 2017年)
●磯野真穂 公式サイト
http://www.anthropology.sakura.ne.jp/

第二話 こころとからだの関係

[齋藤清二]


みなさんは「こころ」はどこにあると思いますか?

 医学や心理学の専門ではない高校生や大学生への授業や講演などで、私は冒頭にこのような質問を投げかける。さらに重ねて、以下のように問いかけ、挙手してもらう――『こころは頭のあたりにあると思う人は? こころは胸のあたり、心臓のあたりにあると思う人は? 頭でも、心臓でもない、それ以外のどこかにあると思う人は?』。そして、以下のように続ける。

 こころがどこにあるかについての感じ方は、ひとりひとり違います。時代によっても変化します。それでも私たちはたいがい、「あたまには、ものごとを合理的に考える働きという意味での“こころ”がある」というように感じます。胸や心臓のあたりには「胸がキュン」とする歓びや、「胸が締め付けられる」ような苦しさを感じる“こころ”があります。 あたまとしてのこころを私たちは「思考」とか「認知」とか「マインド」と呼び、好きだとか苦しいというときのこころを「感情」とか「ハート」とよびます。そしてこれらの“こころ”は“からだ”あるいはボディに支えられており、密接に関連しています。しかし現代では、忙しすぎる生活のなかで「あたま」と「こころ」と「からだ」はお互いにばらばらに切り離される傾向にあり、そのことが多くの問題を引き起こしています。例を挙げると……。

 このようなイントロをへて、具体的な「こころとからだを巻き込む健康や病気についての話題」に話を進めていく。それは〈過敏性腸症候群〉だったり、〈摂食障害〉だったり、もっと一般的な〈心身症〉だったり、時には〈自傷行為〉や〈自殺〉といった深刻な話題だったりする。多くの場合、生徒や学生さんたちは目を輝かせながら聴いてくれる。このようなことを話すと手応えはある。
 しかし、ちょっと待てよ、と私は考える。“こころ”と“からだ”を別のものと考え、それについていろいろ考えをめぐらせ、そのふたつが実はつながっていると訴え、さらには「心身相関」などという大袈裟なことばを用いて説明する。……わざわざこんなことをさせているのは、いったい誰なのだろうか? 私たちは、本当に“こころ”と“からだ”を別のものだと感じているのだろうか? そもそも「こころとからだがつながっている」というのは自明のことではないだろうか? それをなぜ今さら強調する必要があるのか?

 

 私自身の学生時代や、医師になってからのことを思い返してみたい。
医学部の学生は六年のあいだに、人間の身体のすべての領域について学ぶ。解剖学、生理学、生化学、病理学などなど。学部の最後の数年間は、内科や外科や眼科や耳鼻科などの臨床の科目について学び、病院や現場での忙しい実習も経験する。しかし医者になるまでのあいだ、内科・外科・精神科などの区別はない。卒業生の90%以上は臨床医となり、さらにそのうちの大部分は「身体科医」となる。建前上、精神科医は人間の「こころの問題や病気を診る」のが専門であり、それ以外の診療科の医師は人間の「身体を生物学的に診る」ということになる。しかし、これはあくまでも医師の側の事情である。患者や家族の視点から見れば、「苦しさ」に“こころ”と“からだ”の区別はない。無理に“こころ”と“からだ”を分割してきたのは一般の人々ではなく、医学のほう、特に医学を専門分化させることを「ただの医者から専門の医者へ」とキャリアアップする手段として利用してきたわれわれなのではないだろうか?

自然の摂理がいちばんの優先道路
自然の摂理がいちばんの優先道路

 医師となり、内科医となり、さらに消化器内科医となって膵臓病の専門家となる。しかし、総合病院の自分の診察室の入り口に「膵臓病外来」という看板を掲げておいたとしても、そこに「膵臓」だけが歩いてやってくることは決してない。やってくるのは必ず苦しむ人間である。その人の苦しみは、「膵臓」という臓器だけによって説明されるわけではない。さらに膵臓そのものの問題でさえも、簡単に解決できるものではない。
 膵臓の重要な病気の代表は、膵がんと膵炎である。前者には疼痛や人生の意味や不安へのケア、後者にはアルコール依存へのケア、時には介入が必須である。糖尿病の合併も多く、心理社会的ケアや行動変容についてのスキルも必要である。生物科学的な医学に特化した知識と技術だけでは、膵臓病というごく狭い領域の疾患をもった患者さんへのケアさえも十分におこなうことはできない。
『あなたは、ご自身の状況をどのように理解しておられるのですか?』という質問は、臨床人類学者であるアーサー・クラインマン流に言えば、「説明モデルを問う質問」である。私たちは自分自身がそこにおいて生きているところの状況=世界をどのように理解し、意味づけているのだろうか? 私たちはそれをどう語るだろうか? その出発点に立たない限り医療はスタートしない。そして私たちは、目の前の患者さんがそれを自由に語ることができるような「場」をどうやって創り出していくのか?

 

 ある日、学生Aさんから一通のメールが届く。私の勤務している大学の学生なら誰でも利用できるSNSを通じての相談である。

……S先生、ちょっと相談なのですが、1か月前くらいから、体調がすぐれないんです。毎日ではないのですが、気持ち悪くて、吐き気がする日があるんです。でも、吐き気がするだけで、吐いてはいません。そういう日は、食欲もありません。寝込むとかそこまでじゃないので、たいした事ないような気がしますが、今までそんな事なかったので、ちょっと心配です。また、原因も心当たりがありません。
返信は先生のお時間のある時で結構です。それでは、よろしくお願いします。

 私は、どう応答すればよいのだろうか? 嘔気・嘔吐は、消化器に由来する症状としてはありふれたものである。そのメカニズム・原因は非常に多様であることを私は知っている。消化器に由来する嘔気・嘔吐もあれば、中枢神経に由来する場合もあり、一刻を争う病態の兆候であることもあれば、ゆっくりと進行あるいは持続する疾患の症候であることもある。摂食障害・不安障害・感情障害などといった、精神障害という観点から命名できる病態に由来する嘔気・嘔吐もあり、そういったラベルがうまく貼れない場合には、身体症状症〔DSM-5〕などという非常に便利な疾患名も用意されている。
 しかし、Aさんは今までにあまり体験したことのない「突然の体調の変化」の真っただ中にいる。Aさんは自分自身の状況を説明できる一貫性のある物語を構築できず、「混沌の物語」の中にいる。実はそれは、相談を受けた私にとっても同様なのである。一人の人間としてのAさんとAさんの世界を、私はまったく知らない。私はキーボードを叩く。

 Sです。返信が遅れて申し訳ありません。今まであまり体験したことのない体調なので、心配になっておられるのですね。よろしかったら、もう少し詳しく状況を知りたいので、以下の質問に、答えられる範囲で教えていただければ幸いです。

  1. )体調の悪さですが、いつ頃から始まって、どんな感じで続いていて、一番最近はどんな感じか、時間を追って教えていただけますか?
  2. )いちばん体調の悪い時には、どの程度生活に差支えがありますか。またそんな時はどうやってしのいでいますか?
  3. )こういう時はわりとましで、こういう時は良くないということがあれば教えてください。
  4. )なんでもけっこうですから、吐き気のほかに、ここがいつもと違うというところがあれば教えてください。
  5. )もしかしたら、こんな病気では? と心配しているものがあれば教えてください。
  6. )とりあえず、こうなったらいいなということは何ですか?
  7. )何でもよいですから、日常生活のことなどを含めて、付け加えておきたいことがあればお願いします。

 私は医学知識については専門家であるが、Aさんが何を体験しているかについては、まったく無知である。Aさんこそが、Aさん自身の病いの――いや人生の――物語の語り手であり、主人公である。ここから、Aさんと私の共同探索の旅が始まるのである。


齋藤清二 さいとう・せいじ
立命館大学総合心理学部教授
1951年生まれ、新潟大学医学部卒業、医学博士
富山大学保健管理センター長・教授、富山大学名誉教授を経て現職
こころの分野は、消化器内科学・心身医学・臨床心理学
からだの種目は、卓球

第一話 私のなかでの交差点

[岡田暁宜]

 交差点は、二つ以上の道が交わる場所である。“こころとからだの交差点”とは、ひとりの人間において「こころの体験」と「からだの体験」が重なる心身の体験といえるかも知れない。あるいは、こころの専門とからだの専門が交わる領域(心身医学 psychosomatic medicine)やこころの病気とからだの病気の交わる病態(心身症 psychosomatic illness)といえるかも知れない。

《心身医学》をめぐる回想から始めよう。
 私の現在の専門は精神分析 psychoanalysisであり、私の精神生活と臨床実践の中心にあるが、私の始まりは《心身医学》であった。私が現在まで約20年間、臨床心理士養成系の大学院で「心身医学特論」というタイトルの講義を続けているのは、その名残である。
 医学は、経験科学のなかの自然科学に位置づけられ、医学教育から臨床医学に至るまで、要素還元主義に基づいているといえるだろう。要素還元主義では、ある現象をさまざまな要素に分解し、それぞれの要素、あるいは要素と要素の関係を理解することを通じてある現象を理解するだろうし、ある現象と他の現象の関係を通じて新たな現象を理解するだろう。
 医師は、医学教育のなかで、要素還元主義を徹底的に身につける。因果関係や相関関係などの考え方や、概念・疫学・症状・病理・診断・治療・予後などからなる疾患理解は、要素還元主義に基づく医師の臨床思考の基本である。
 だが、私自身の経験で言えば、医師になり、臨床医としての経験を積むにつれて、主訴や苦悩を含む患者の“病気”が要素に還元できない臨床状況や、たとえ要素に還元して理解することができたとしても治療に結びつかない臨床状況に、しばしば直面することがあった。今から思えば、それらは、私にとって、医学と医療、理論と実践、理想と現実などの「間」の体験といえるかも知れないし、医学の限界の断片を体験したのかも知れない。私は、身体疾患で苦しむ患者の“こころ”を見ずに患者と関わることができなかった。そして内科に代表される身体科において、患者の“こころ”が置き去りにされていることに、私は違和感や嫌悪感があった。
 今から思えば、当時の私のなかには、R.デカルト〔1596-1650〕の心身二元論への違和感があったのである。私にとっての《心身医学》は“こころ”を置き去りにした身体医学へのアンチテーゼであり、いわゆる〈全人的医療〉から始まったといえる。内科-心療内科の研修医時代の私は、G.エンゲル〔1913-1999〕の「生物心理社会的医学モデル bio-psycho-social medical model」や「心身相関」という概念に傾倒していた。〈全人的医療〉は私にとっての第一の《心身医学》といえる。

 その当時、心身相関のメカニズムとして神経-内分泌-免疫系が注目されており、私はそれらを追求するために大学院に進学した。私は大学院でヒトの自律神経制御の研究に取り組んだ。特に心拍変動 heart rate variabilityの周波数解析による、ヒトの迷走神経活動の分析をおこなった。それらは「生物学的心身医学」であり、その研究方法はまさに〈身体分析 somatoanalysis〉といえるだろう。生理学に基づく身体分析は、私にとっての第二の《心身医学》といえる。
〈身体分析〉の過程において、私の学問的関心は、徐々に線形世界から非線形世界へと変化し、やがて「生物心理社会的モデル」を一つのシステムとして捉えるようになっていた。私にとってこれらの研究は、科学的真実の探究としてとても魅力的であったし、現在でも私の研究活動の基礎にある。しかし、これらの研究を追求すればするほど、日々の臨床から遠ざかるようになり、結局、実際の心身医療と直接結びつくことはなかった。私は、医師として、臨床と研究、こころとからだが引き裂かれていったのである。

「直線と曲線がフュージョンする名古屋駅前」

 大学医学部の臨床系の教室には、医局制度があり、教授を頂点とするヒエラルキーのなかで臨床や研究がおこなわれていた。そのため、教授が交代すると助教授以下の人事が変わることは珍しくなかった。私は、当時の教授が定年退官したあと、自分の思う臨床と研究を続けられなくなり、医学部の〈社会医学〉講座に移籍することになった。そこで、偶然にも学校保健や産業保健における研究と実践に触れる機会を得た。教育委員会との関わりや日本医師会の産業医認定の取得などは、その当時の実践経験の産物である。〈社会医学〉は、私にとっての第三の《心身医学》といえる。
 ところが社会医学では、アンケートや統計を用いた大規模調査を伝統的な方法としており、私には、社会医学の方法が「森を見て木を見ず」という姿勢に思えて、私はあまり馴染めなかった。その一方で、以前の身体分析のような「葉を見て木を見ず」という姿勢にも私はもはや馴染むことはできなかった。私は、医師としてのアイデンティティの危機にあったのである。

 以上は、私の表舞台における医師としての歴史であるが、私には、医師としての舞台裏における歴史があった。舞台裏とは、それまで主な活動の場であった大学の外における「個人的な修練」という意味である。
 それは、心療内科で経験した、心身症臨床や思春期-青年期臨床における「精神分析」をめぐる歴史である。そのなかには、F.アレキサンダーによる Holy Seven Psychosomatic Diseases やM.バリントによるバリントグループ などがあった。私は研修医時代に、非常勤で病棟回診や外来診療や夜間当直をしていたある精神科病院でG.エンゲルの『心身の力動的発達』という本に出会った。そこで私は、幸運にも、断片的ではあるが「精神分析」というものに触れる機会や、統合失調症者の身体の問題について考える機会を得ることができた。それらの臨床経験を通じて、私は研修医時代に日本精神分析学会に入会し、その後、私自身の内的なものが触発されて、大学保健センターに勤務しながら、「無意識」や「転移」を扱う精神分析的精神療法や精神分析の訓練を受けることになった。私の医師としての最初の十年の舞台裏における臨床と訓練の体験が、その後の私の臨床医としての表舞台に移り変わったことになる。〈精神分析〉は、私にとっての第四の《心身医学》といえる。

 私にとってのこころとからだの交差点である《心身医学》は、以上のように主に四つの領域があるといえるが、心身医学という言葉を最初に使用したのがウィーンの精神分析医であるF.ドイチェ〔1922〕であると言われることを考えると、私の心身医学は精神分析という源流へと回帰しているのかも知れない。


岡田暁宜 おかだ・あきよし
名古屋工業大学保健センター教授
1967年生まれ、名古屋市立大学大学院医学研究科修了、医学博士
愛知教育大学・准教授、南山大学・教授を経て現職。精神分析協会・正会員
2010年、精神分析学会山村賞受賞

introduction 眼差しが交わるところ

[岡田暁宜]

 平成最後の秋に【木立の文庫】は誕生しました。
 「木立」とは、群がって立っている木や場所のことです。母なる大地で静かに発芽した木の芽は、長い年月のなかで木立となるでしょう。 【木立の文庫】という大地に根ざした「知」の木の芽は、最初は小さなものかもしれませんが、やがて「知」の木立となることを私は祈念しています。
 このたび【木立の文庫】の誕生に際して“リレーエッセイ”がスタートすることになりました。それに先立ち、本企画について簡単にお話ししようと思います。

 リレーエッセイというと、学校の先生が順にエッセイを執筆する「教員エッセイ」などを頭に浮かべられるかもしれません。私も、年一回程度の頻度で大学教員が順番に自由なテーマで執筆するエッセイを経験したことがあります。ある日、突然、原稿の締め切りを知らされて、慌てて執筆するというのが常でした。テーマがある場合にはそれに基づいて、執筆者はエッセイを執筆することになりますが、「教員エッセイ」のようにテーマが特に決まっていない場合には、エッセイを執筆すること自体が共通のテーマになるのでしょう。
 それに対して本企画は、《こころとからだの交差点》というひとつのテーマをめぐって三人が執筆することが特徴です。スタート前の私の印象を述べますと、このような“リレーエッセイ”は「集団における個人の自由連想」で、プロセスのなかで「集団としての自由連想」となるかも知れません。
 さらに私が今回の“リレーエッセイ”で連想するのは〈連句〉です。連句とは、長句(五、七、五)の情景に対して、連想したことを短句(七、七)としてつなげるものです。以前に私は集団で連句をやった経験がありますが、そのときも精神分析における自由連想のことを連想したことを記憶しています。

 〈連句〉でいえば、本稿は「発句」といえるかもしれません。
 集団精神療法や連句では、決まった設定があります。今回の“リレーエッセイ”では、三人でおよそ月刊のペースでバトンをつなぐという設定となります。私の以前の体験と比べてかなり高頻度で、エネルギーを要する「エッセイマラソン」となるかも知れません。経験的に、精神分析では、話すことがなくなってから話すことに自由連想の意義があるといえましょう。もしかすると書くことがなくなってから書くことに、私たちの“リレーエッセイ”の意味があるのかも知れません。

環状交差点(ラウンドアバウト)のように、こころとからだの交差点には信号機はいらない。
環状交差点(ラウンドアバウト)のように、こころとからだの交差点には信号機はいらない。

 この“エッセイのリレー”をスタートさせるにあたり、執筆者について触れる必要があるでしょう。
 エディターの津田敏之さんからいただいた《こころとからだの交差点》というテーマから私が連想したのは、齋藤清二先生でした。齋藤先生は、私がかつて心身医学や心身医療に取り組んでいた頃にこの領域の先輩で、私がキャンパスメンタルヘルスに携わるようになったときにも、大学保健管理センターで働く医師として先輩の立場でした。齋藤先生は、内科医であり臨床心理士でもあるが精神科医ではないという立場で、ユング心理学に造詣深く、「ナラティヴ」という領域の第一人者です。私は、齋藤先生と出発点は同じですが、心身医学から精神分析や力動精神医学へと変遷を遂げているという点で、齋藤先生とは異なる視点を有しているといえるかも知れません。このように異なる立場の人間で同じテーマで“リレーエッセイ”を展開するところが、本企画の特徴です。
 そのような視点で、第三の執筆者の候補者を齋藤先生にご推薦いただくことになりました。そして齋藤先生から磯野真穂先生をご推薦いただきました。じつは本稿を書いている時点で、磯野先生と私は直接面識はなく、たがいにメールなどでもやりとりをしたことはない関係です。Web上で得られる情報を拝見すると、磯野先生は、早稲田大学人間科学部スポーツ科学科を卒業し、オレゴン州立大学で修士を、早稲田大学で博士を取得した後、早稲田大学での勤務を経て、現在は国際医療福祉大学大学院で講師をしておられます。摂食障害や精神医療などに関する業績も多く、相当に広い視点をもっておられるに違いありません。個人的にとても楽しみにしています。
 齋藤先生と磯野先生と私の三者の背景をみる限り、三者の視点の相違は、専門・職種・性別・年代などにおいて、とてもバランスがよいという印象です。

 三者による対話は「鼎談」とも呼ばれますが、“リレーエッセイ”は、それとも異なります。私にとっていろいろな意味で新しい体験となるでしょう。【木立の文庫】の門出としても、本企画が創造的なものになることを心から期待しています。


岡田暁宜 おかだ・あきよし
名古屋工業大学保健センター教授
1967年生まれ、名古屋市立大学大学院医学研究科修了、医学博士
愛知教育大学・准教授、南山大学・教授を経て現職。精神分析協会・正会員
2010年、精神分析学会山村賞受賞